東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8909号 判決 1967年10月26日
原告 吉田千江子
原告 斉木ふさ
右両名訴訟代理人弁護士 堂野達也
同 服部邦彦
同 矢田英一郎
被告 光信用金庫
右訴訟代理人弁護士 木村恒
主文
原告らの請求をいずれも棄却する
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
(請求の趣旨およびこれに対する答弁)
原告両名訴訟代理人は、被告は、
原告吉田千江子に対し、別紙第一目録記載の土地についてなされている
(一) 東京法務局文京出張所昭和三六年一二月二七日受付第二〇、〇〇〇号の所有権移転仮登記、
(二) 同法務局同出張所同日受付第一九、九九九号の根抵当権設定登記、
(三) 同法務局同出張所同日受付第二〇、〇〇二号の賃借権設定仮登記、
原告斉木ふさに対し、別紙第二目録記載の建物についてなされている
(一) 東京法務局文京出張所昭和三六年一二月二七日受付第二〇、〇〇一号の所有権移転仮登記、
(二) 同法務局同出張所同日受付第一九、九九九号の根抵当権設定登記、
(三) 同法務局同出張所同日受付第二〇、〇〇三号の賃借権設定仮登記、
の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求めた。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
(請求の原因)
一、別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)は、原告吉田千江子の所有であり、別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という)は、原告斉木ふさの所有である。三協食品工業株式会社(以下債務者会社という)は、昭和三六年一二月二三日被告と当座貸越、手形割引、金銭消費貸借、保証契約(以下基本契約という)を締結した。原告らは同日被告との間に、債務者会社が基本契約より生ずる債権元本極度額一五、〇〇〇、〇〇〇円を履行しないときは、原告ら所有の本件土地または本件建物につきこれを代物弁済として被告に譲渡する旨の停止条件付代物弁済契約、これについて賃借権を設定する旨の停止条件付賃貸借契約、右金額を債権元本極度額とする根抵当権設定契約をし、被告のため請求の趣旨記載のとおり登記した。
二、根抵当権設定登記等の抹消登記手続契約の主張
(一) 債務者会社は昭和三八年六月初め頃被告の駒込支店長小谷茂との間において、債務者会社が代り担保を提供した場合は、被告は本件根抵当権等を放棄して請求の趣旨記載の各登記の抹消登記手続をする旨の契約を締結した。
(二) そこで債務者会社は昭和三八年七月二日被告との間で別紙第三目録記載の物件を代り担保として提供し、停止条件付代物弁済契約、根抵当権設定契約および停止条件付賃貸借契約を締結し、同日被告のため所有権移転仮登記、根抵当権設定登記、賃借権設定仮登記等の各登記手続をなした。
よって右契約に基づき、各登記の抹消登記手続を求める。
三、基本契約または基本契約上の債務の消滅の主張
(一) 債務者会社は昭和三八年七月一七日手形の不渡を出したので、被告は、同日債務者会社に対し基本契約を解除する旨の意思表示をした。
被告と原告らとの根抵当権設定契約等は、債務者会社の同日までの被告に対する債務を担保するためのものであったが、基本契約にもとづく昭和三八年六月二〇日現在における被告と債務者会社との間の債権債務は次のとおりである。
(甲) 債務者会社の被告に対する債権
(イ)定期積金 一〇、四三四、〇〇〇円
(ロ)定期預金 三三、四七九、〇〇〇円
(ハ)当座預金 二七、三二一円
計 四三、九四〇、三二一円
(乙) 債務者会社の被告に対する債務
(イ)証書借入金 一八、六五〇、〇〇〇円
(ロ)手形借入金(単名) 五、〇〇〇、〇〇〇円
(ハ)手形割引による借入金 五八、一一二、三一〇円
計 八一、七六二、三一〇円
債務者会社の被告に対する債務中(ハ)の手形割引による借入金のうち、金四五、四四八、〇〇〇が、債務者会社が被告に対して差し入れた第三者振出の割引手形の最終支払期日である昭和三八年九月二八日までに支払われたので、(ハ)の借入金は金一二、六六四、三一〇円となり、(乙)の債務者会社の被告に対する債務は、金三六、三一四、三一〇円となる。従って両者の債権債務を同日相殺すれば債務者会社は、被告に対してなお金七、六二六、〇一一円の債権を有することになる。
ところで右基本契約には、債務者会社が債務不履行または手形不渡等をした場合は、被告の通知催告を要せず、又弁済期の如何にかかわらず、被告と債務者会社との債権債務は、当然相殺される旨の条項がある。しかるに債務者会社は、昭和三八年七月一二日手形不渡を出し、同年同月一七日会社更生手続開始の申立をした。
従って同日前記(乙)の(イ)(ロ)に記載した債務は、被告の債務者会社に対する預金債権と当然相殺され消滅した。又債務者会社の債務中(ハ)の債務は手形不渡の都度同様相殺になり、割引手形の最終支払期日である昭和三八年九月二八日までには全額相殺により当然消滅したことになる。
(二) 基本契約に債務者会社と被告との間の債権債務が当然相殺される旨の条項がないとしても、左記理由により債務者会社の債務は消滅した。
被告と債務者会社の昭和三八年六月二〇日当時における債権債務は前記のとおりであったが、その後被告は、債務者会社に対し、次のとおり相殺の意思表示をした。すなわち
(1) 昭和三八年八月一〇日被告が債務者会社の保証人として長期信用銀行(以下長銀という)に弁済した借用金元本金一、五〇〇、〇〇〇円、利息金七七三、六四三円および被告の保証料金二五、一一〇円合計金二、二九八、七五三円の債権と、債務者会社の被告に対する定期預金利息金一〇五、一一八円、割増金二四、七五〇円および定期預金中金二、一六八、八八五円合計二、二九八、七五三円の債務とを対当額で、
(2) 同年同月二七日手形割引による貸付金中不渡手形金八、四九〇、四八〇円およびこれに対する利息金一一七、三五八円合計金八、六〇七、八三七円の債権と被告の債務者会社に対する定期預金利息金一一七、七七九円、同割増金二七、一八五円および定期預金中金八、四六二、八七四円の債務とを対当額で
(3) 同年九月二〇日被告が債務者会社の保証人として長銀に弁済した借用金元本金一、五〇〇、〇〇〇円、利息金六八〇、三四〇円および保証料金二三、四六〇円合計金二、二〇三、八〇〇円の債権と、債務者会社の定期預金中金二、二〇三、八〇〇円の債務とを対当で相殺する旨の意思表示をした。
従って昭和三八年九月二八日現在においては、被告と債務者会社間の債権債務は、大体次のとおりとなる。
(甲) 債権者会社の被告に対する債権
(イ)定期積金 一〇、四三四、〇〇〇円
(ロ)定期預金 二〇、六四三、四四一円
計 三一、〇七七、四四一円
(乙) 債務者会社の被告に対する債務
(イ)証書借入金 一八、六五〇、〇〇〇円
(ロ)手形借入金 五、〇〇〇、〇〇〇円
(ハ)手形割引による借入金 五、〇五六、四七二円
計 二八、七〇六、四七二円
基本契約には、債務者会社が手形不渡処分をうけまたは会社更生手続開始の申立を受けたときは、債務者会社は、被告に対する債務につき当然期限の利益を失う旨の条項があり、債務者会社が昭和三八年七月中に不渡手形を出し、また会社更生手続開始の申立をしたことは前述のとおりである。従って割引手形の最終支払期日である昭和三八年九月二八日においては、債務者会社の右(乙)に記載した債務は全部履行期が到来しており、右(甲)(乙)の債権債務は相殺適状にあった。
原告らは債務者会社との契約により、昭和三七年六月末日を終期として本件土地または建物につき、被告と根抵当権設定契約をしたものであるから、原告らは債務者会社に対し、本件根抵当権抹消請求権を有する。
そこで原告らは債務者会社に対する右根抵当権抹消請求権を保全するため、債務者会社に代位して、昭和四二年八月四日到達の書面をもって被告に対し、前記(甲)の債権三〇、二二二、四七七円をもって前記(乙)の債務二八、八二三、八三〇円とを対当額で相殺する旨の意思表示をなした。((甲)(乙)の金額と相殺の意思表示の金額と一致しないのは誤算によるものであるが、昭和三八年九月二八日現在の債権債務を相殺したものである。)
従って基本契約は消滅し、そうでないとしても本件根抵当権等によって担保された債務者会社の一切の債務は消滅し、かつ債務者会社と被告間の将来の取引は不能の状態となったのであるから、本件根抵当権設定登記等の抹消登記手続を求める。
(請求原因事実に対する認否)
第一項記載の事実を認める。第二項記載の事実のうち、別紙第三目録記載物件が代り担保として提供されたこと、および被告が根抵当権を放棄して抹消登記手続をすることを約したことを否認する。その余の事実は認める。原告等主張の土地は追加担保として差し入れられたものである。
第三項記載の事実のうち、債務者会社が原告ら主張の日に手形不渡処分をうけ、会社更生手続の申立をしたこと、昭和三八年六月二〇日現在における債務者会社と被告との債権債務が原告ら主張のとおりであること、その後原告ら主張のとおり弁済がなされたこと、割引手形の最終支払期日が昭和三八年九月二八日であること、被告が債務者会社に対し同項(二)(1)ないし(3)記載のとおり相殺の意思表示をしたこと、基本契約に原告ら主張のような期限喪失約款のあること、原告ら主張の相殺の意思表示の到達したことを認める。その余の事実を否認する。
(抗弁)
債務者会社は、昭和三八年二月一三日長銀から金三〇、〇〇〇、〇〇〇円を借り入れたが、被告は、債務者会社の右債務を連帯保証することを約した。債務者会社が昭和三八年七月一二日不渡処分を受けたので、長銀は、被告に対し右債務の履行を求めた。そこで被告は、長銀に昭和三八年八月一〇日金一、五〇〇、〇〇〇円、同年九月二〇日金一、五〇〇、〇〇〇円、同年一一月一四日金二五、五〇〇、〇〇〇円合計二八、五〇〇、〇〇〇円を支払ったので、債務者会社に対しこれと同額の求償債権を有する。
被告は請求原因第三項(二)(1)ないし(3)の項に記載した外に、債務者会社に対し次のとおり相殺の意思表示をした。すなわち、
(1) 昭和三八年一一月一四日被告が債務者会社の保証人として長銀に弁済した借用金元本金二五、二一八、九九〇円(内訳元本金二五、五〇〇、〇〇〇円から戻利息金二八一、〇一〇円を相殺した残金)の債権と、債務者会社の定期預金割増金七六、六八〇円、同利息金七四一、一二六円、定期預金中二〇、一六五、二〇〇円、定期積金中金四、二三五、九八四円の債務とを対当額にて、
(2) 同年同月一八日手形貸付元本金五、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する利息金一六七、七〇〇円、証書貸付金四、六五〇、〇〇〇円に対する利息金二二八、五九二円、証書貸付元本中金一、四七三、八二七円の合計金六、八七〇、一一九円の債権と、債務者会社の定期積金六、一九八、〇一六円およびこれに対する利息金一九三、八六二円、定期預金残金四七八、二四一円の債務とを対当額にて、相殺する旨の意思表示をしたのである。
従って、原告らのした相殺の意思表示の到達する前に債務者会社の被告に対する全債権は消滅しているし、被告はいまなお債務者会社に対し、本件根抵当権によって担保される証書貸付元本金一七、一七六、一七三円、手形割引による貸付元本金四、一七三、八三〇円、合計二一、三五〇、〇〇三円およびこれに対する利息および損害金等の債権を有する。
(抗弁事実に対する認否)
抗弁事実を認める。しかし被告の主張する相殺は次の理由により無効である。すなわち、請求原因において主張したとおり、被告と債務者会社の債権債務は昭和三八年九月二八日に相殺適状にあったから、債務者会社は、その状態において相殺されるものと期待していた。債務者会社のこの期待を、被告がその後に取得した債権をもって侵害することはできない。被告主張の相殺の自働債権はその後に取得した債権であるから、これによる相殺は許されないのである。
(証拠)<省略>。
理由
請求原因第一項記載の事実は、当事者間に争いがない。原告らは被告が昭和三八年六月に本件根抵当権等を放棄して根抵当権設定登記等を抹消することを約したと主張する。
債務者会社が昭和三八年七月二〇日被告のため別紙第三目録記載の物件につき根抵当権設定登記をしたことは当事者間に争いない。
証人岩井実、同鹿野光雄および同吉田福三郎の各証言によると、債務者会社が昭和三八年六月初め頃、被告に対し、別紙第三目録の物件を本件土地および建物の代り担保として提供するから、本件根抵当権設定登記等を抹消してくれるように申し入れたことが認められるが、同各証言中被告がこれを承諾した旨の部分は<証拠省略>
原告らは、基本契約又は基本契約による債務者会社の債務は消滅したと主張する。
債務者会社が昭和三八年七月一二日不渡手形を出したことは当事者間に争いないが、被告が同日債務者会社に対し、これを理由として基本契約を解除する旨の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。
また債務者会社が昭和三八年七月一七日に会社更生手続開始の申立をしたことは当事者間に争いない。
成立に争いない甲第一号証によると、基本契約の締結にあたり、債務者会社と被告との間に、債務者会社に手形不渡、会社更生手続開始の申立等の一定の事由が生じた場合は、基本契約による各取引上の債務者会社の債務は当然期限の利益を失い、被告が右債権を反対債権として、債務者会社の被告に対する預金等の債権の弁済期の有無に拘らず、この債権を受働債権として相殺することができる旨の約束がなされたことが認められるが、これ以上に原告ら主張のように債務者会社が不渡処分を受ける等の事由があったときは、被告との債権債務が当然相殺となる旨のいわゆる相殺契約の成立を認めるに足りる証拠はない。
次に原告らは、債務者会社に代位して相殺の意思表示をしたと主張する。
証人鹿野光雄および同吉田福三郎の各証言とこれにより真正の成立を認める甲第五号証によると、債務者会社と原告らの間に、本件土地および建物を原告らが被告に対し、債務者会社の被告に対する債務の担保として提供するにあたり、その終期を昭和三七年六月末日とする旨の約束があったことは認められる。右の事実によれば、原告らは債務者会社に対する関係においては、根抵当権設定契約の解消に協力すべきことを請求することができるけれども、この請求権は原告ら主張のような相殺の意思表示をしなければ保全できない請求権ではない。また登記抹消請求権なるものは、本来登記義務者、本件においては抵当権者たる被告に対し有すべき性質のものであるから、原告等の相殺の主張は代位の要件を欠く。のみならず、請求原因第三項の(二)(1)ないし(3)ならびに抗弁(1)および(2)記載のとおり被告から債務者会社に対し相殺の意思表示がなされたこと、当時原告らまたは被告主張のとおり被告と債務者会社間に債権が存在したことは当事者間に争いない。被告主張のとおり昭和三八年九月二八日被告主張の債権債務が相殺適状にあったとしても、被告がその後に取得した債権をもって、右相殺適状にあった被告に対する債務を受働債権として相殺することは禁じられないから、被告の抗弁において主張する相殺は有効で、債務者会社の被告に対する債権は、昭和三八年一一月一八日消滅に帰した。従って原告らが相殺の意思表示をした昭和四二年八月四日当時においては、相殺に供した債務者会社の被告に対する反対債権は存在しないから、この点からみても原告らの右主張も失当である。
<以下省略>。